日独で進むフェムテック拡大の動き

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2022年3月15日
【文:熊谷 徹】

日欧の経済界では、フェムテック(Femtech)という新しい分野への関心が強まっている。これは女性を意味するFemaleとテクノロジー(technology)を組み合わせた言葉で、ITなどの新技術によって、女性特有の健康課題のための解決方法を見つけ、生活の質を向上させようとする試みだ。

具体的には、月経周期を予測したり、妊娠しやすい時期を推定したりして、使用者に伝えてくれるスマートフォンのアプリケーションや、身体の不調の可能性を教えてくれる生理用品、生理痛を緩和するための器具、更年期症状を和らげるためのテクノロジー、人工知能を使った子宮がんの判定ソフトなどが含まれる。
フェムテックという呼称を考え出したのは、デンマーク人の作家イダ・ティン。彼女は、2013年にフェムテックに特化するスタートアップ企業クルー(Clue)をベルリンで創設した。この会社は、妊娠しやすい時期を推定し、利用者に教えてくれるアプリケーション「クルー」を開発、販売している。ティン氏は、自分の月経の時期や排卵期を正確に知るためにアプリケーションを作ろうとしている内に、起業を思いついた。
2015年の時点で、180ヶ国の約200万人の女性がクルーを使っていた。同社は2015年にベンチャーキャピタル投資家から700万ドル(7億7000万円・1ドル=110円換算)、翌年には2000万ドル(22億円)の投資を受けている。ティン氏によると、クルーの利用者は現在1300万人にのぼるという。
Clue: Menstruations- & Eisprungtracker mit Eisprungkalender für iOS, Android und watchOS (helloclue.com)
フェムテックの市場規模は、まだ小さい。米国の投資アナリスト企業ピッチブックによると、2019年の時点で世界のフェムテック市場に投じられていたベンチャーキャピタルの額は、5億9200万ドル(651億円)だった。
これに対し、銀行や保険、株式投資など金融サービス業に関するスタートアップ企業(フィンテック)が投資家から集めた資金の額は、2019年度の時点で339億ドル=3兆729億円)とはるかに多い。つまりフェムテックは、フィンテックに比べると、まだ機関投資家たちから有望視されていないのだ。
しかしティン氏は、「世界の人口のほぼ半分は女性だ」と述べ、フェムテック市場は今後大きく成長する可能性があると指摘する。ピッチブックは、世界中の女性が医療や健康管理のために支出する金額は、毎年5000億ドル(55兆円)に達すると推定している。それにもかかわらず、世界の企業が研究開発のために支出する金額の内、女性の健康維持を目的とした支出の比率は、4%に留まっている。つまりフェムテック企業は、未開拓の分野に乗り出しつつあるのだ。
ティン氏はあるインタビューの中で、「フェムテック市場の市場規模は、2025年には500億ドル(5兆5000億円)に成長する」と予想している。
フェムテック業界の関係者によると、この分野に投資しようとする企業や投資家の数が少ない理由の一つは、投資家の間に女性が少ないからだ。大半の投資家が男性であるために、女性の健康上のニーズや悩み、必要なサービスやテクノロジーについて、十分に理解できない。ティン氏も、男性の投資家に自社が開発、販売している製品やサービスについて説明する際に、苦労するという。
また、女性起業家は一般的にベンチャーキャピタルを集めるのが難しいという傾向もある。ドイツ・スタートアップ企業連合会の調査によると、ドイツの女性起業家の内、2020年にベンチャーキャピタル企業から投資を受けられた人は1.6%にすぎない。これは男性起業家(17.6%)に比べてはるかに少ない。
世界の女性の総数は、約39億人。彼らの健康に関するニーズを満たすフェムテック業界を拡大するには、男性投資家に対する啓蒙活動を行うことと、ベンチャーキャピタル企業や投資家たちの間に女性を増やすことも重要だ。
その意味で、フェムテックをめぐる議論は、現代社会におけるダイバーシティの促進と密接な関係がある。
日本でも徐々にフェムテック企業が創設されている。月経周期についてのアプリケーションを運営する企業などが産声を上げている。
経済産業省は、2021年7月に「フェムテック企業を補助金によって支援するための実証実験プロジェクトを開始する」と発表している。同省は「働く女性の更年期症状、妊娠、出産などに関わる問題について、テクノロジーによる解決方法を提供し、女性が安心して仕事をできるように、フェムテックを支援する」と説明している。フェムテックによって女性の負担を減らし、離職や昇進辞退、勤務形態の変更などを防ぐ狙いもある。同省は、フェムテックの2025年の市場規模を約2兆円と推定している。
フェムテック|新しい当たり前をつくり女性が働きやすい社会を【経済産業省】 (femtech-projects.jp)
また野田聖子議員は、2020年10月にフェムテック振興議員連盟を発足させ、政府に対してこの分野への支援を求めていく方針だ。
日独ともに、フェムテックを拡大しようとする官民の動きが活発になることは確実と言えそうだ。

熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。

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公開日: 2022年3月15日