「インダストリー4.0に無関心」という企業がゼロ%に― コロナ・パンデミックが加速するドイツ工業界のデジタル化

© DWIH Tokyo/iStock.com/gorodenkoff

2021年6月22日

【文:熊谷 徹】

2021年4月7日にドイツIT通信ニューメディア産業連合会(Bitkom)が公表した調査結果は、欧州の学界・経済界で大きな注目を集めた。この調査結果は、2020年春以降世界を襲っているコロナ・パンデミックがドイツの工業界のデジタル化を加速したことをはっきり示したからだ。

コロナによりデジタル化への関心が急激に強まった

同連合会の研究機関Bitkom Researchは、毎年ドイツの製造企業に対してインダストリー4.0など、ものづくり産業のデジタル化に関するアンケートを実施している。2021年も2月から3月にかけて、社員数が100人を超える製造企業551社の取締役や製造部長など幹部社員に対して聞き取り調査を行った。インダストリー4.0とは、2011年にドイツ連邦教育研究省、ドイツ工学アカデミー(acatech)などが提唱し、現在官民一体で進んでいる製造業のデジタル化計画である。
この意識調査の結果から、コロナ・パンデミックが勃発して以降は、メーカーの間でデジタル化への関心が著しく強くなったことが明らかになった。
たとえば「インダストリー4.0関連の技術をすでに使っている」と答えた企業は、2018年には49%だったが、今年は13ポイント増えて62%となった。Bitkom Researchによると、今年の調査では回答企業の83%が、「インダストリー4.0関連の技術をすでに使っているか、使用を予定している」と答えている。この比率は3年前には71%だった。
逆に「インダストリー4.0は我が社には関係ない」と答えた企業の比率は2018年には9%だったが、今年の調査ではゼロになった。つまりコロナ・パンデミックによる生産停止やサプライチェーンの寸断などの未曽有の事態を経験して以来、少なくともこのアンケートの参加企業の間からは、「デジタル化には関心がない」と言い切れる企業は姿を消したのだ。

インダストリー4.0関連技術に関するアンケート結果

出所 Bitkom Research Industrie 4.0 (bitkom.org)

IoTプラットフォーム・3Dプリンターに強い関心

Bitkom Researchの調査に対して、回答企業の95%が「コロナ・パンデミックのために、デジタル化の重要性が増した」と答えた。「重要性は増えもせず減りもしなかった」と答えた企業の比率は3%にすぎない。
このアンケートに参加した企業は、具体的にどのようなテクノロジーに関心を持っているのだろうか。回答企業の72%が、IoT(モノのインターネット)関連のデジタル・プラットフォームを使っているか、使用を計画中」と答えた。
IoTプラットフォームとは、製品、工作機械、製造設備などがネットでつながれ、製造プロセスや製品の使用状況等に関するデータが集中的に収集、管理されるシステムのことだ。これらのデータは人工知能によって自動的に分析されて、新しい製品やサービスを顧客に提供するために活用される。逆に「IoTプラットフォームの使用は考えていない」と答えた企業の比率は、19%に留まった。
また、3Dプリンターについては、回答企業の86%がすでに使っているか、使用を計画していると答えた。
第5世代移動通信システム(5G)への関心も高まっている。Bitkom Researchが2020年5月に公表したアンケート調査では、「5Gは我が社にとって重要だ」と答えた企業の比率は72%だったが、2021年には13ポイント増えて85%になった。逆に「5Gは重要ではない」と答えた企業の比率は、2020年の26%から今年は13%に半減した。
実際、21世紀にドイツを初めとして各国の科学界、工業界が進めている様々な技術革新にとって、5Gは不可欠である。
5Gを使った通信システムのデータ伝送速度は、今日使用されている4Gを大幅に上回る。たとえば4Gではデータ伝送の際に60~98ミリ秒(ミリ秒は1000分の1秒)の遅れがあるが、5Gではこの遅れが1ミリ秒よりも短くなる。4Gによるデータのダウンロードの速度を1秒あたり1ギガバイトとすると、5Gでは10ギガバイトになる。つまり映像や音声の伝達の即時性が高まり、いわゆる「リアルタイムの情報伝達」に近づく。
ドイツが進めているインダストリー4.0や、自動運転車、走りながら周囲の車と大量のデータを交換する「コネクテッド・カー」などの技術を実用化する場合、4Gによるデータの伝送速度は十分ではなく、5Gの使用が必須の条件となる。

デジタル技術が感染リスク抑制に役立つ

また、回答企業の63%が「コロナ・パンデミックは、我が社の技術革新を加速している」と答えた他、61%が「コロナ・パンデミックによって、長期的に我が社のデジタル化が推進される」と考えている。さらに回答企業の63%が「デジタル技術は、コロナ・パンデミックの悪影響を克服するのに役立っている」と答えている点も興味深い。これらの数字には、新型コロナウイルスへの感染リスクを減らすという観点から、リモート技術や非接触型のテクノロジーの重要性が増加したことが表われている。
一つの例をご紹介しよう。ドイツのスーパーマーケットでは、レジに電子計量器(秤)があり、店員が野菜や果物の重さを測って代金を請求する。同国の計量器メーカー・ビツェルバ(Bizerba)社は、コロナ以前に、本社から遠隔操作で、この電子計量器の保守点検や修理を行うアプリケーションを開発した。
コロナ前には、このリモートサービスを利用する顧客は、全体の5%に過ぎなかった。しかし2020年春にコロナ・パンデミックが勃発して以降は、遠隔操作による保守点検・修理サービスを利用する客の比率が4倍に増えて、20%になった。多くのスーパーマーケット経営者が、感染リスクを減らす上でこのサービスが有益であることを理解したのである。
もう一つの例は、リモート技術を使った遠隔診療の増加だ。エンジニア向けの公的健康保険運営機関である「技術者健康保険(TK)」によると、TKの加入者の中で、コロナ・パンデミックが起きる前の2019年10~12月にホームドクターなどとの遠隔診療を使った人は23人にすぎなかった。だが新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2020年4~6月に遠隔診療を利用した人の数は1万9701人に増えた。実に857倍の増加である。

通常10年かかる進歩が1年で実現

ここにご紹介してきた数字は、コロナ・パンデミックが一種の技術革命の起爆剤となったことを示している。欧米では、「パンデミックは、通常ならば10年かかる進歩を1年で可能にする」という言葉をよく耳にする。
たとえば、ZOOMなどのリモート会議テクノロジー。2019年末までは、企業の部会や顧客との打ち合わせなど全てのミーティングを、自宅からZOOMなどリモート会議テクノロジーで行うことなど、誰も想像したことはなかった。今では日本でも、そうしたコミュニケーションの仕方を誰も不思議に思わなくなっている。
1966年に始まったSFテレビドラマ「スター・トレック」には、人間を一瞬の内に遠隔地に移動させることができる転送装置(トランスポーター)という機械が登場する。リモート会議は、この転送装置に匹敵する技術だ。一定の時間までは無料で、地球の裏側に住んでいる人とも自由にミーティングをできるのだから。
考えようによっては、我々はいま人類が滅多に経験しないような変化の真っ只中にいる。倫理的な観点に配慮しながら、この未曽有の変化を社会の発展と経済成長につなげるために、ドイツ 科学・イノベーション フォーラム東京 (DWIH東京)が推進しているような、日本とドイツの科学者や政府関係者、経済関係者の間の情報交換や協力関係は今後も重要性を増すことになるだろう。

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今回はコロナの産業界への影響について寄稿していただきましたが、先日公開した同シリーズのコロナの心理社会的影響に関する記事「新型コロナ・パンデミックの精神的な影響と戦うドイツ政府・医学界 」も併せてご覧下さい。

また6月10日(木)にDWIH東京とベルリン日独センターによりオンラインで開催されたバーチャルシンポジウム「危機への対応- 新型コロナウイルスパンデミックがもたらす心理社会的影響 」では、ドイツと日本の専門家からコロナによるパンデミックの経験についての報告、さらに様々な分野の研究者からパンデミックの影響について両国での知見や評価のやり取りがありました。パネルディスカッションで行われたプレゼンテーションの録画の一部はイベントレポートからご覧いただけます。

DWIH東京シリーズ「在独ジャーナリスト 熊⾕徹⽒から見たドイツの研究開発」の全記事はこちら

熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。