環境保護のための日独バイオエコノミー戦略

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2021年4月28日

【文:熊谷 徹】

日本とドイツで地球温暖化問題への関心が高まるとともに、環境への負荷が少ない「持続可能性の高い経済活動」を重視する動きが強まっている。両国の政府、学界、産業界では「バイオエコノミー」を構築するための戦略が始動しつつある。

自然素材を活用する経済活動

バイオエコノミーの目的は、化石燃料への依存を減らし、プラスチックやビニールなどによる環境汚染を緩和することだ。バイオテクノロジーを活用して、樹木や草など自然界に元々存在する素材を製品の原材料にしたり、発電所向けのエネルギー源にしたりすることにより、経済の持続可能性を高めようとする。日本政府はバイオエコノミーを「バイオテクノロジーや再生可能な生物資源等を利活用し、持続的で、再生可能性のある循環型の経済社会を拡大させる概念」と定義している。

経済の脱炭素化の一環

化石燃料は19世紀以来、重要なエネルギー源として人類の文明を支えてきただけではなく、建築材料、衣料品、包装材など様々な分野で使われてきた。19世紀・20世紀の人間社会は、いわば「化石燃料文明」だった。
だが大半の科学者は、「化石燃料は二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを排出することにより、地球温暖化と気候変動の原因となっている」という見解を持っている。このため世界中の科学者たちが、製造業で自然からの素材を活用しようとしているのだ。いわば経済活動の自然回帰である。ドイツの電力業界では風力や太陽光を使った再生可能エネルギーの比率が急激に拡大しており、今年上半期には発電量の約40%を占めているが、バイオエコノミーは、製造業のグリーン化と言える。

2020年はバイオエコノミーの年

欧州では2005年にEUのヤネス・ポトチニク科学担当委員が「科学知識に基づくバイオエコノミー」という概念を提唱。ドイツは2007年の前半にEU理事会議長国だった時にケルンで「科学知識に基づくバイオエコノミーへの道(En route to knowledge-based Bioeconomy)」という会議を主催し、技術革新によって自然素材を使った製品の実用化を目指すという「ケルン宣言」を採択した。
ドイツ連邦教育研究省は、2020年をバイオエコノミーを中心とした「科学の年(Wissenschaftsjahr)と位置づけ、バイオエコノミーの重要性と人類にもたらす利益について盛んに啓蒙活動を行っている。同省は訪問者がバイオエコノミーが生む製品に手で触れて実感できるように、市民向けの訪問スペースで展示会を開催した。たとえば市民は竹を原料とする自然プラスチックで作った自転車、樹木の素材による衣類、キノコの繊維から作られた靴やカバン、草で作られた紙などを手に取ることができた。
たとえば連邦教育研究省は「草の繊維を使って紙を作れば、エネルギーと水を節約することができる。従来のように木材から紙を製造するには、1トンの紙を作る際に6000~8000リットルの水が必要だったが、草を原料とすれば、同じ量の紙を作るために必要な水の量は2トンで済む。その理由は樹木には、木の幹などを強固にするリグニンという物質が含まれており、この物質を取り除くために大量の水が必要になるからだ」と説明している。

ドイツの日常生活に見るバイオエコノミー

ドイツではすでに日常生活の中で、バイオエコノミーへの動きが始まっていることを感じる。たとえばミュンヘン空港のあるファーストフード店では、プラスチックのフォークやナイフではなく、木でできたフォークやナイフを使っている。別の喫茶店ではプラスチックのストローを廃止し、紙やトウモロコシで作ったストローを使用している。こうした製品が普及すれば、化石燃料由来のプラスチックが海や野山を汚染するのを防ぐことができる。
先日知り合いのドイツ人が、透明なコップからジュースを飲んでいた。外見はプラスチック製のコップにしか見えなかったが、このコップもトウモロコシを原料とするポリ乳酸(PLA)から作られたものだった。バイオ・プラスチックとも呼ばれるポリ乳酸は、トウモロコシ、芋、サトウキビなどの農産物から作ることができる。化石燃料からのプラスチックとは異なり、堆肥などの中に埋めれば1週間程度で分解される。分解の際にCO2が出るものの、植物はCO2を吸収するので、排出量は差し引きゼロと解釈することができる。ポリ乳酸の製造時に再生可能エネルギーによる電力だけを使えば、製造過程でもCO2波大気中に排出されない。いわばカーボンニュートラルの「環境にやさしいプラスチック」である。

日本政府のバイオエコノミー戦略

一方日本政府も、2019年6月にバイオエコノミー戦略を公表した。内閣府は「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現することを目標に、持続可能性、循環型社会、健康(ウェルネス)をキーワードに産業界、大学、自治体等の参画も得てこのプロジェクトを推進する」としている。
日本政府は①環境負荷を減らすバイオ製品の開発と市場の獲得、②一次生産におけるスマート化・持続可能性の確保と市場獲得、③ヘルスケア、バイオ医薬・再生医療など関連産業における市場獲得を、戦略の柱に据えている。具体的な取り組みの内容としては、軽量で耐久性が高いバイオ素材の開発や、自然素材を使ったバイオプラスチックの開発、持続可能性が高い有機農業・スマート林業の推進、生物機能を利用した食料品などの生産、廃棄物・排水処理に関するアジア諸国に対する支援などが挙げられている。
ドイツは世界一のリサイクル大国である。1990年代に循環経済法が制定され、企業にはビールやワイン、清涼飲料水の空き瓶、プラスチックの回収が義務付けられた。ドイツの街角の至る所に、これらの包装材料を捨てるための大きな箱が設置されている。ミネラルウォーターなどのペットボトルなどの価格には容器代が含まれており、スーパーマーケットに設置された自動回収機に入れると、容器代が返って来る。つまりリサイクルを実行すれば、お金が節約できるのだ。無料でビニール製の買い物袋を客に配布するスーパーマーケットは皆無だ。市民はリュックサックや大きな手提げ袋を持って、買い物にやってくる。つまり市民の間には、「資源節約マインド」が深く根付いている。これはドイツ人が欧州で最も環境意識が高い民族であることと無縁ではない。
バイオエコノミーの発展はグローバルな動きであり、国際連携が不可欠だ。共有できる知識やノウハウは多国間で共有して、開発コストを低減させるべきだ。世界中で脱炭素化の動きが強まる中、今後日独の政府機関、研究機関や企業間の協力が深まることを望みたい。


 

熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。