コロナ危機はインダストリー4.0に拍車をかけるか?

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2021年1月18日

【文:熊谷 徹】

コロナとデジタル化についての提言書を発表

2020年6月23日に、ドイツ連邦経済エネルギー省と連邦教育研究省が注目すべき提言書を発表した。「インダストリー4.0と新型コロナウイルス」と名付けられたこの文書の中でドイツの科学者、エンジニア、政府関係者は「コロナ危機は製造プロセスのデジタル化を加速する」という主張を展開したのだ。
文書を作成したのは、経済エネルギー省と教育研究省が率いるデジタル化推進機関「プラットフォーム・インダストリー4.0」である。2013年にベルリンで創設されたこの機関は、製造業のデジタル化の戦略を策定したり、企業や研究機関の活動をコーディネートしたり、市民や企業に啓蒙活動を行ったりすることを任務としており、中央省庁、学界、産業界、労働組合などの代表が参加している。

インダストリー4.0は危機に対する強靭性を高める

文書の公表にあたって、経済エネルギー省のペーター・アルトマイヤー大臣は、「コロナ危機は、デジタル化、安全なデータ利用、バリューチェーンの維持がドイツの産業界にとっていかに重要かをはっきり示した」と指摘した。
欧州で2020年3月下旬から約6週間続いたロックダウンでは、各国間の国境が突然次々に閉鎖され、企業が部品や半製品、原材料などを一時的に調達できなくなった。デジタル化が進んでいなかった企業では、生産活動を停止せざるを得なかった。製造業界にとって需要ショックと供給ショックが同時に起こるのは、かつてなかった事態である。
その上で大臣は、「インダストリー4.0関連の技術を広く普及させれば、将来ヨーロッパの競争力と、危機に対する抵抗力を高めることができる。今我々がやるべきことは、できるだけ多くの中小企業にインダストリー4.0関連の技術を導入させることだ。このプロセスに成功すれば、コロナ危機後のドイツ産業界は今よりも強靭になるだろう。
経済エネルギー省と教育研究省は、「コロナ危機が製造業のデジタル化とネットワーク化の傾向を加速する」と考えているのだ。

「パンデミックはデジタル化を加速する」

プラットフォーム・インダストリー4.0には6つの作業部会があるが、この文書を作成したのはデジタル・ビジネスモデルを担当している第6作業部会だ。
この作業部会にはアーヘン工科大学のフランク・ピラー教授、シーメンス社のジッコ・レーマン・ブラウンス氏、ロバート・ボッシュ社のリリアン・マティショク氏らが参加しており、ドイツの製造業界でのデジタル・プラットフォームによる新事業形態の実用化について研究している。
ピラー教授らはこの文書の中で、「コロナ危機は、ドイツの製造業界がかつて経験したことのない重大な挑戦だ。製造業界への影響はあまりにも甚大なので、小手先の短期的な危機管理では不十分である。我々は将来へ向けて、新たな戦略を編み出さなくてはならない」と指摘。
執筆者たちは、「パンデミックは、21世紀に入って進んでいたデジタル化の傾向を『触媒』のように加速し、日常生活・業務を根本的に変えて『新たな勝者』を生む。コロナと共生する時代の新しいニーズを満たす、革新的なビジネスモデルを生み出す必要がある」と主張する。

コロナにより中小企業もデジタル化の必要性を意識

2019年末までドイツの製造業界は、未曽有の好景気に見舞われていた。一部の中小企業では、外国からの注文が殺到して対応しきれないほどだった。
だが今年3月以降コロナ危機という未曽有の事態が起き、中小企業にとってもリモート生産方式やデジタル・プラットフォームを使った受注・販売方式が俄然重要度を増した。社員を感染の危険から守るために、工場に人間が行かなくても製造や販売を続けられるビジネスモデルが必要になったのだ。
第6作業部会のピラー教授は、今回発表した文書の中で「コロナ危機は製造業のデジタル化と、デジタル・プラットフォームを使ったビジネスモデルにとって大きな推進力となる。ロックダウンの経験から、企業は製造プロセスの自動化に拍車をかけ、デジタル化されたサービスを増やすだろう」と予測している。つまり賃金が安い外国へ生産施設を移すという従来の戦略よりも、ローカル市場を重視した、製品組立の新しいコンセプトが必要になる。
たとえば、多くの製造企業は高い柔軟性を持つManufacturing as a Serviceへの投資を増やすだろう。これはメーカーが工場を所有せず、他社が持つ工場の生産キャパシティーを使って製造を行い、その時間について料金を支払うサービスだ。
さらに、3Dプリンターを使ったAdditive Assembly Technologyも重要性を増す。たとえばメーカーが外国のメーカーの部品を調達する際に、部品そのものを輸入するのではなく、部品の製造方法に関するソフトウエアを、デジタル・プラットフォームから購入してダウンロードする。購入企業は、そのソフトを使って、部品の原材料と3Dプリンターのある工場で部品を「プリントアウト」するという方式だ。

日独間ではIoTに関する協力が進んでいる

日独間ではIoTに関する協力が進んでいる。プラットフォーム・インダストリー4.0と日本の推進機関であるロボット革命・産業IoTイニシアチブ協議会 (RRI)は、2016年のハノーバーメッセや2017年のCEBITで、IoTの国際標準やサイバーセキュリティなどの分野で協力することについて合意している。2019年3月には、日独が共同でスマート工場にとって重要な要素である管理シェル(Administration Shell)についてのディスカッション・ペーパーを発表している。
https://www.plattform-i40.de/PI40/Redaktion/EN/Downloads/Publikation/2019-usage-view-asset-administration-shell.pdf?__blob=publicationFile&v=6

2020年5月28日にプラットフォーム・インダストリー4.0、ドイツ工学アカデミーとRRIが開いた日独有識者会合「アフターコロナの世界におけるものづくり」でも、「社会のデジタルトランスフォーメーションによって、『コスト競争力のある』パラダイムの時代から、『付加価値とリスク競争力のある』パラダイムの新しい時代へと変革を加速し、持続可能で回復力のある経済と社会の実現を目指さなければならない」
という共同声明が採択されている。つまり日本でもドイツでも、収益性だけではなく危機に対する強靭性、抵抗力という条件を重視する必要があり、そのためには製造業のデジタル化は一つの解決策を提示しうるという認識が深まっているのだ。
https://www.jmfrri.gr.jp/content/files/Open/2020/20200701_AG1_Post%20COVID19/Post%20COVID-19_r9-2.pdf
今後は、コロナ時代にデジタル化をどのように加速化していくかについて、日独の科学者や財界人の間で積極的な議論が行われるに違いない。

(付記=2020年9月30日に、本田財団はインダストリー4.0の提唱者の1人であるドイツ工学アカデミーのヘンニヒ・カガーマン前会長に対し、本田賞を授与することを発表している。詳しくはこちら

熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。