ドイツ政府が水素エネルギー戦略を発動

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【文:熊谷 徹】

ドイツは2050年までに二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を正味ゼロにすることを目標にしている。こうした中メルケル政権は、CO2削減策の鍵の1つとして、製造業、交通部門のエネルギー源として水素を活用するための戦略を打ち出した。

水素はエネルギー転換の鍵

ドイツ連邦経済エネルギー省のアルトマイヤー大臣、連邦教育研究省のカルリチェク大臣、連邦環境大臣のシュルツェ大臣ら5人の大臣たちは2020年6月10日にベルリンで合同記者会見を行い、「大連立政権は、国家水素エネルギー戦略を閣議決定した」と発表した。アルトマイヤー大臣は「水素はエネルギー転換の中で、重要な役割を果たす」と強調した。

この計画によると、ドイツは製鉄所、化学プラント、トラック、船舶、航空機などのエネルギー源を重油や石炭、コークス、ケロシンなどの化石燃料から水素に切り替えることをめざす。

水素は燃えてもCO2を出さない上、水を電気分解することで製造することができる。さらに、ドイツにはすでに天然ガスの輸送管や貯蔵タンクがあるが、これを改造すれば水素の輸送や貯蔵に使うことができる。

ドイツ政府はこれまで水素利用に関する基礎研究のために7億ユーロ(840億円・1ユーロ=120円換算)を投じてきたが、今後電気分解施設の建設と、外国との協力体制の構築のために合計90億ユーロ(1兆80億円)の予算を投入する。

具体的には、水の電気分解による水素製造能力を2030年までに5ギガワット(GW),2040年までに累計10GWまで高める。10GWは、原子炉ほぼ10基分に匹敵するキャパシティーだ。

さらに、水素には余った電力の蓄積手段としても期待がかけられている。現在ドイツでは、北部で強い風が吹いて風力発電装置によって大量の電力が作られても、南部に送る高圧送電線が不足しているので、再生可能エネルギーによる電力が余ることがある。将来こうした余剰電力を水素に変えれば、地下のタンクなどに蓄積できる。逆に電力が不足した時には、蓄積した水素を電力に変えて供給する。この技術はパワー・トゥー・ガス(P2G)と呼ばれ、ドイツの電力会社やガス会社が実証実験を進めている。

再生可能エネルギーの電力で水素を製造

ドイツ政府が最も重視しているのは、太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーによって作られるグリーン水素だ。ドイツ政府は、水素を製造方法によって次の4種類に分類している。

製造方法
グリーン水素 再生可能エネルギーによる電力を使って製造される。
グレー水素 天然ガスなど化石燃料からの電力を使って製造される。
ブルー水素 化石燃料からの電力を使って製造されるが、CO2を貯留することによって、大気中への放出を防ぐ。
トルコ石の色の水素 メタンを熱分解することによって作られる水素。熱源には再生可能エネルギーによる電力を使う。

ドイツ政府がグリーン水素を重視する理由は、CO2を全く出さずに製造できるからだ。通常ドイツの企業や市民は電力を使用する際に、電力料金とともに再生可能エネルギー賦課金を払わなくてはならない。しかし政府は水素を再生可能エネルギーによる電力だけで製造する場合には、賦課金を免除する方針だ。この助成措置によって、グリーン水素の比率を高めることを狙う。

実は、メルケル政権はこの水素エネルギー戦略を去年の12月末までに閣議決定する方針だった。発表が半年も遅れた理由は、経済エネルギー省と環境省の間で、グレー水素とブルー水素の扱いについて、意見が分かれたからである。

環境省は、天然ガスなど化石燃料による電力を使って製造されるグレー水素を、この戦略に含めることに反対だった。

そこで妥協案として付け加えられたのが、ブルー水素だ。この水素は、化石燃料からの電力で製造されるが、発電時に発生するCO2を炭素貯留テクノロジー(CCS)などによって地中に保存し、大気中への放出を防ぐ。ただしドイツでは農業従事者などから「地中に蓄積したCO2が地表に漏れて、農作物や家畜に被害をもたらす危険がある」として、CCSに対する反対運動が起きており、この技術は実用化されていない。

実用化のネックは製造コスト

もう一つの問題は、水素製造のキャパシティーである。現在ドイツの製鉄所などで使われている化石燃料を代替するには、同国だけで2030年までに90テラワット(TW)時から110TW時の水素が必要となる。

このためドイツ政府は、「我が国が必要とする水素を自国内だけで製造するのは不可能であり、大半を外国から輸入する必要がある」としている。このためドイツはアフリカや中東諸国などに水素製造技術を伝達し、そこで作られた水素を輸入することによって、発展途上国の経済の振興にも役立てる方針だ。

コスト高も大きな難関だ。EUによると、グリーン水素の製造コストは、グレー水素の製造コストの1.7倍から3.7倍に達する。ドイツの電力業界では、「経済性を確保するためには、政府の補助が不可欠だ」という声が強い。

水素エネルギーの研究や実用化については、日本がドイツよりも一歩先を進んでいる。現在ドイツのメディアでは、日本の水素テクノロジーの現状についての報道が増えている。今後日本とドイツの間で、水素エネルギーの実用化についての共同研究や、企業間の交流が進むことが予想される。


在独ジャーナリスト 熊⾕徹⽒から見たドイツの研究開発

ドイツの研究開発や最新動向を、DWIH東京とドイツ在住のジャーナリストの熊谷徹氏とのコラボレーションで9回にわたりお届けします。

熊谷徹氏プロフィール

1959年東京生まれ。1982年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、NHKに入局。日本での数多くの取材経験や海外赴任を経てNHK退職後、1990年からドイツ・ミュンヘンに在住し、ジャーナリストとして活躍。ドイツや日独関係に関する著書をこれまでに20冊以上出版するだけでなく、数多くのメディアにも寄稿してドイツ現地の様子や声を届けている。

グリーン水素分野に関する日本とドイツの協働に関してはこちらのページも併せてご覧下さい。