潤沢な予算とスムーズな研究者間連携が支える マックス・プランクでの基礎研究

大阪大学大学院・生命機能研究科で博士号を取得した大西さんは、2021年秋からドイツ・ケルンにあるマックス・プランク老化生物学研究所(Max Planck Institute for Biology of Ageing, 以下MPI-AGE)でポスドクとして働いています。MPI-AGEでは、生命が老化するメカニズムを解明し、加齢に伴う疾患の緩和や予防につなげるための基礎研究が行われています。

写真は研究所の建物内の様子です。シュトゥットガルト出身の建築家ハメス・クラウスによって設計された三角形の形状が特徴的なアトリウムと、自然光を取り入れるようデザインされた外観は、マックス・プランク研究所内の研究室同士の強い結び付きと相互交流の精神を象徴しています。

大西さんに、ポスドクの職場としてここを選んだ理由や、居心地について聞いてみました。

マックス・プランク老化生物学研究所の建物内の様子
マックス・プランク老化生物学研究所の建物内の様子(Photographer/copyright: @ D. Hummel / MPI for Biology of Ageing)

―どうして海外へ行こうと思ったのですか

学部と大学院時代に指導を受けた先生が海外留学経験者で、その経験を聞くうちに海外で仕事をすることに憧れるようになったからです。同時に、今後も変わらず日本で過ごし、いわゆる “日本的”な価値観に染まり切ったままでいいのかと感じるようにもなりました。そこで、宗教や人種、政治状況の異なる国々から様々な人々が集まる混沌とした場所に、無理やり自分を放り込むことによって、自分が持つ純日本製の常識の枠を一度取り外し、世界中の人・考え方の多様さを肌で感じたいと思いました。また、人生の後半になって「あの元気だった頃に海外に出ても良かったのに」と後悔するリスクをゼロにしたい、とも考えました。

―宗教や人種、政治状況の異なる国々から様々な人々が集まる混沌とした場所に、無理やり自分を放り込むことによって、自分が持つ純日本製の常識の枠を一度取り外し、世界中の人・考え方の多様さを肌で感じたいと思いました。

―なぜドイツを選んだのですか

2018年に京都で国際学会が開かれた時、現在私が所属するラボのボス(教授)による講演を聞きました。その内容と自分が取り組みたいことがおおよそ一致していて、その学会の中で一番印象に残っていました。またその1年後の別の国際学会で、一緒に昼食を食べていたMPI-AGEのトルコ人学生に「一緒にこっち(ドイツ)に来て研究しようよ」と何気なく言われ、「日本育ちの私でもマックス・プランクのような場所で研究できるかも」と「勘違い」したこともドイツを目指すきっかけになりました。ドイツはヨーロッパの中心に位置するので、電車や飛行機で他の国々に旅行できる点も良いですし、週末フランスを旅行して月曜日に戻る人もいたりして驚きました。

―ラボ選びで大事にしたことは

「研究生活はボスとのコミュニケーションに左右される」と考えていたので、ボスと上手に意思が疎通できそうか、ポジティブなことばかりではなく、悩み事などのネガティブなことも話せる信頼関係が構築できそうかを気にしました。また、ボスとはできるだけ頻繁に実験データの議論をしたかったので、研究室のメンバーに「どのくらいの頻度でボスと議論するか」を留学前に聞いていました。実際、ボスの業務は多忙を極めていますが、データを持っていくと目を輝かせてディスカッションするようなサイエンス大好き人間でした。最初の頃、ボスに「議論する時間を取らせてすみません」と謝りながら教授室に入る私に対して、「それが私の仕事だから謝るな。何よりサイエンスの話ができるのは楽しいから謝る必要はない」と言ってくれたことはとても印象的で、励みになりました。そこから「Sorry」と口にする回数がめっきり減りました。

―MPI-AGEには複数のテクニカルスタッフや博士号取得済みのラボマネージャー(研究室運営に関わる専門職)が在籍しており、研究者をサポートする体制が充実していると感じます。

―留学助成金を獲得するために

助成金の申請書作成には相当の時間がかかりました。申請書の締め切りの一年前から、今のボスと申請内容をオンラインで議論し始めました。英語の理解力の問題でボスが何を言っているのか理解できなかったり、ネット環境が悪く途中でオンライン接続が切れて冷や汗をかいたりしたこともありましたが、時にはボスの話を途中で遮ってでも質問することで、彼がどういった研究をどういう手法で進めたいのか、私自身が何をやりたいのかを再確認できました。

―どんな研究をされているのですか

生命を構成する細胞の死がどのように制御されているかを研究しています。細胞死を司る際に大事な役割を果たすのが、細胞の中に存在するミトコンドリアと呼ばれるエネルギー供給工場です。ミトコンドリアを形作る様々なタンパク質を欠損(ノックアウト)させていき、細胞の生と死に影響するものを見つけることで、背景にある分子機構の解明につながるような研究を進めています。大学院生の頃に取り組んでいたテーマとは異なりますが、後述するようにMPI-AGEには、他では替えの効かないミトコンドリア関連の解析ツールや、質量分析法によるタンパク質や脂質・代謝物の定量解析をはじめとした手技がオールインワンで完備されているので、そうした技術を学びつつ現在のテーマを進めることができるのが魅力だと感じています。

実験中の大西さん。MPI-AGEには、ミトコンドリア関連の解析ツールや、質量分析法によるタンパク質や脂質・代謝物の定量解析をはじめとした手技がオールインワンで完備されている。(写真:大西さん提供)
実験中の大西さん。MPI-AGEには、ミトコンドリア関連の解析ツールや、質量分析法によるタンパク質や脂質・代謝物の定量解析をはじめとした手技がオールインワンで完備されている。(写真:大西さん提供)

―日本にいたときの研究環境とMPI-AGEとの違いは

大学院生として日本にいたときは、実験に使う緩衝液の調製や、使い捨ての容器や試薬の在庫を管理する業務もこなさなければいけませんでしたが、MPI-AGEには複数のテクニカルスタッフや博士号取得済みのラボマネージャー(研究室運営に関わる専門職)が在籍しており、研究者をサポートする体制が充実していると感じます。「ポスドクの仕事は実験を進めることなので、あなたはそれに集中してください」といった雰囲気が伝わってきますし、それぞれの役割がきちんと決まっている印象です。自分のような外国人の生活サポート(引っ越しや労働許可証の取得など)をする専門の部署もあり、最初の頃はとてもお世話になりました。

―研究所の予算も潤沢だと感じます。マックス・プランク協会から毎年豊富な研究資金が提供されるので、ディレクターレベルの研究者は外部資金を取るための申請書作成に時間を費やすことが基本的に推奨されていない、と聞きました。

―マックス・プランク研究所の魅力は

MPI-AGEについて他に特徴的だと感じたことは、ラボと同じエリアに、バイオインフォマティクス、プロテオミクス(タンパク質解析)、代謝物解析、超解像顕微鏡などを専門とする研究者がいることです。彼らの多くも博士号取得者であり、彼らと一緒に調べたいことが出てきた時、チャット感覚で「ちょっと話せませんか?」と短文メールを送ると、「じゃあランチタイムのついでに1時間話そう」と返事があり物事がスムーズに進んでいきます。金曜日夕方のHappy Hourで一緒にビールを飲むこともあり、気軽にコンタクトできる研究者が同じ研究所に多くいるのは大きな強みです。

研究所の予算も潤沢だと感じます。マックス・プランク協会から毎年豊富な研究資金が提供されるので、ディレクターレベルの研究者は外部資金を取るための申請書作成に時間を費やすことが基本的に推奨されていない、と聞きました。場所によって状況は様々だとは思いますが、研究費申請の結果次第でポスドクが雇えない、学生の学会の参加頻度を減らさないといけない、実験の規模を縮小しないといけない、といった心配をする必要性が減っている印象です。

―日本の研究現場の雰囲気とドイツとの違いは

日本で学生だった頃は、「博士号を取得するなら人生の全てを研究に捧げるべき」といった抑圧的な空気を少なからず感じており、残念ながらそのせいで博士課程への進学を躊躇してしまう学生も一定数いたと記憶しています。しかし、周りのドイツ人を見た範囲では、長い人生の中の職業選択の一つとして博士号取得やポスドクを積極的に選んでおり、その選択に対して必要以上に気負いしているような雰囲気を感じないので不思議です。

博士号取得者が活躍する場も多い印象を受けました。企業に就職する人はもちろん、大学のテクニカルスタッフや共通機器施設のチームリーダーとしてサイエンスに関わり続ける選択をする人もいます。研究職以外を選ぶことに敗北感のようなものもなく、周りの目を気にせず自分が最善だと思う選択肢を淡々と選び取る精神的な成熟さを感じました。ドイツ国内の基礎研究の予算が着実に増え続けていることも、そうした雰囲気の良さを支えているのかもしれません。お金を回してもらうと「私たち基礎研究者が社会から信頼されているんだ」と感じますし、だからこそ安心して自信を持って基礎的な研究に取り組める、そんな土台が整っている印象を受けます。

―クリスマス手当や有給休暇(30日/年)も支給されますし、自由に休みを取りやすいのはドイツの労働環境で最も好きな側面の一つです。

―待遇は変わりましたか

2021年秋に渡欧した当初は、研究所から直接給与を支払ってもらっていました。想像した通りドイツでの生活費用は日本のそれよりも高いですが、それでも貯金したり日本に一時帰国したりする旅費が確保できるので、経済的余裕は作りやすいと感じています。クリスマス手当や有給休暇(30日/年)も支給されますし、自由に休みを取りやすいのはドイツの労働環境で最も好きな側面の一つです。異国での生活のストレスと付き合いながら経済的余裕まで確保しづらくなってしまうと、精神的余裕もなくなり研究や思考活動に悪影響を及ぼす負のスパイラルに入ってしまうので、こうした待遇の良さには本当に助けられました。

現在は、日本学術振興会の制度(海外学振)にサポートしていただいています。海外学振の採択率は決して高くはありませんが、もし採択されなかったとしても、ボスから「最初のうちは研究所の予算で雇える」と言っていただいたので、安心して申請書の作成に取り組むことができました。

―留学を志す後輩にアドバイスがあれば

日本にいるうちから、異国の人と交流する場面で先陣を切ってコミュニケーションを取る訓練を積むことが大事だと思います。ボスにはよく「コミュニケーションが全てだ。周りに質問し、よく相談しなさい」と耳にタコができるほど言われます。日本とは異次元の慣れない環境で研究を進めていくには、「自分は人と関わりたい」という姿勢を周りにアピールし、時にはヘルプしてもらうことが大事だと感じます。その基礎づくりのために、留学生交流会や国際学会の場で、周りに「Hello」でもなんでもいいので声をかけられる人になれるかどうかが、今後の大きな差になるような気がします。会話が続かなくても、相手が発した単語を断片的でも自分の英語で繰り返し、語尾を上げて疑問系っぽくするだけで乗り切れます。とにかく最初に話しかける壁を越えられるようになれば、後からコミュニケーションを取るのが楽になります。

同じような志を持つ仲間を作ることも大切です。大学院生の頃、そうした学生同士で勉強会をしていました。身近にヨーロッパやアメリカへの進出を考えている人がいると、「自分にもできるかも」、「海外留学は限られた人だけがする特別感のあることではないはず」と思えたので、留学に対するハードルが下がりました。

実際に海外で過ごしてみると、楽しいことより苦労することの方が多すぎるくらいで、母国では考えられないようなことに悩まされます。インド人の同僚に「ここは私たちのホームじゃないから苦労するのは当たり前」とも言われましたが、一方で日本にいた頃には知り得なかった「国籍やイデオロギーを越えて共通の興味を追究できるアカデミアの魅力」を感じます。MPI-AGEに所属する人たちは、目・髪・肌の色も国籍・文化的背景も本当にさまざまですが、サイエンス(と時折開催される研究所のパーティ)を通じて世界中の人と対話できるのは日本ではできない貴重な経験です。これからどのような形でアカデミックキャリアが続くにしろ、ドイツのこの環境でポスドクとして奮闘することは、今後の自分の糧になるはずだと思います。

(2023年10月27日 オンライン・インタビュー)

プロフィール:大西 真駿 (おおにし ましゅん)

(写真:大西さん提供)
(写真:大西さん提供)

三重県出身。
2020年3月、大阪大学大学院生命機能研究科にて博士号(理学)取得。専門は細胞生物学、ミトコンドリア、細胞死。
2021年10月よりドイツのマックス・プランク老化生物学研究所(Thomas Langer研究室)に所属。2022年度より日本学術振興会海外特別研究員。
研究者情報:https://researchmap.jp/mashunonishi

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更新日: 2024年4月16日