メリハリのきいた時間の使い方で研究効率上昇!

渡邉さんは、奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)で修士課程を終えた後、DeNAに就職。2年間民間企業で働いた後、ドイツに留学しました。

日独仏3国が出資するAI研究プロジェクト「LeCycl」の研究員としてドイツ人工知能研究センター(DFKI)で働きながら、カイザースラウテルン・ランダウ大学博士課程に籍をおいて、博士号取得を目指しています。

DFKIは、欧州連合やドイツの政府機関などから資金を受けた非営利組織で、約76か国以上から集まった930人の高度な資格を持つ研究者、管理者、および630人の大学院生が、560以上の研究プロジェクトに取り組んでいます(2023年11月インタビュー時点)。国内にいくつか拠点があり、渡邉さんはその一つ、カイザースラウテルンにある研究所に所属しています。

渡邉さんに、給料をもらいながら仕事として博士課程の学生をしている様子について聞いてみました。

人工知能研究センター(写真:渡邉さん提供)
人工知能研究センター(写真:渡邉さん提供)

―なぜ海外、それもドイツを選んだのですか

僕は異文化が好きなんです。日本人だけの空間よりも、多国籍で英語を用いた対話をする環境である方が自分の考えをはっきりと伝えることができるので、やりやすい面があります。

海外の中でも特にドイツに決めたのは、NAISTの指導教官がDFKIで客員研究員をしていて、そこでの評判を聞いていたのがきっかけです。僕は修士時代にここに半年留学して、一度日本に戻って二年間企業で働きましたが、博士課程に進みたいと思うようになって再び戻ってきました。

ドイツでの研究環境はとてもよく、ライフワークバランスも整っていてとても充実した生活を送っています。ただ、苦手なところもあります。たとえば食事。留学生の中でも賛否分かれていて「ドイツの食事も美味しい」という日本人も多いですが、僕は揚げ物やジャガイモの多いことがしんどくて、今は主に自炊しています。また夜の長い冬も苦手ですが、そこは、ランニングでアドレナリンを出して乗り越えるようにしています。

ドイツには、これらのデメリットをはるかに超える魅力があると感じています。

―どんな研究をされているのですか

僕は画像処理を使って、人の感情やエンゲージメントに関わる領域を研究しています。例えば、教師が話していることに、学生が集中しているか表情や目線から解析すると、学生がついていけなくなったタイミングがわかります。教師は、講義のどの場面でうまく伝わらなかったか確認できるので、よりよい講義をするために使うことができます。

幼いころ中国、タイで生活したのですが、言語がわからず、いじめられたこともありました。もし現地の言語を理解し、コミュニケ―ションがとれていれば、彼らと仲良くできただろうなと思うんです。このような経験もあり、人の可能性を広げていく教育にかかわる研究に心を動かされています。平等にいろんなことが学べたり、より効率的に学べたりすれば、人生や世界観を変える力があると思っています。一つのシステムの力で教育を変えるような、例えば英語がすぐに喋れるようになる、そんな研究に関心を持っています。

―ドイツでの研究環境はとてもよく、ライフワークバランスも整っていてとても充実した生活を送っています。

アップルのような大企業も、教育に力を入れようとしています。ビジョンプロ(Apple Vision Pro)というヘッドマウントディスプレイを開発していますが、例えば恐竜という存在を人に伝えたい時に、絵本よりも実物大のものを見てもらう、そんな用途が期待されています。この研究所でも、同様のデバイスを使って、見えない物理の法則を可視化して教科書に書かれた法則を直感的に理解できるようにする研究などをしています。

左から右にかけて、エンゲージメントが0から100にゲージのように推定結果が出ている図。grid-camという技術を使って、顔のどこに特徴が出ているのかをヒートマップで表示している。(Ko Watanabe et al. 2021)
左から右にかけて、エンゲージメントが0から100にゲージのように推定結果が出ている図。grid-camという技術を使って、顔のどこに特徴が出ているのかをヒートマップで表示している。(Ko Watanabe et al. 2021)

―日本のラボとの違いは

DFKIで働くことで給料をもらっています。その研究成果をそのまま博士論文に出してよいということになっています。つまりセンターで働く研究員が、博士課程の学生であり、そこでの研究を通して、博士論文を書くということになります。

生活に困らない以上に給料をもらって、仕事として学生をすることができる環境は、とてもありがたく、居心地がいいです。人によって違いますが博士課程では月に平均30〜40万円ぐらいもらえます。生活にかかる費用は、日本と同じぐらいか、少し高いぐらいで、家賃も田舎や学生寮であれば月5万円ぐらいなので、アメリカに比べると断然安いです。

研究所から歩いて5分ぐらいのところに大学があり、そこに博士課程の籍を置いていますが、食堂以外はほとんど行く機会はなく、仕事はセンターの方でしています。

僕の印象では、日本のラボと設備的な面はそんなに変わらないと思います。ただし日本では、成果を国内会議に出すことをまず考えがちですが、こちらの場合、英語がベースなので、国際会議に最初に出すのが普通、というような違いはあります。

―博士は大事にされているんですね

本当にそう思います。たとえば、博士課程修了後、失業保険なんかもあるんですよ。日本の場合は、学生の間に次のポジションを探しますが、ドイツの場合、だいたいは卒業してから就職活動をスタートさせます。博士課程が修了すると給料がもらえなくなるわけですが、条件をクリアすれば、1年ぐらい失業保険をもらいながら就職活動がすることもできます。

―もし現地の言語を理解し、コミュニケ―ションがとれていれば、彼らと仲良くできただろうなと思うんです。このような経験もあり、人の可能性を広げていく教育にかかわる研究に心を動かされています。

博士号を取得できたとしても、その後が不安というのが日本の課題の一つだと思うのですが、こちらでは博士号をとった人を企業は積極的に採用してくれます。失業保険受給期間、じっくり進路を考える時間もくれる。仕組みのうまさを感じます。いろいろ意見はあるかもしれませんが、新しいイノベーティブなものを生むには、ドイツのやり方がいいかなと思っています。

―日本と雰囲気の違いは

時間の使い方の違いは大きいです。

NAIST時代は、研究の区切りがつくまで家に帰らず徹夜で、「この前、家に帰ったのはいつだったっけ」みたいなことはよくありました。こちらでは、従業員としての労働規制が厳しいので、夕方5時以降は基本的に帰れと言われます。

このセンターの同僚のインド人留学生は、今は大阪の大学に留学していて、「日本の研究室はいつも人がいっぱいいて楽しい」と言っていました。アジアに多いそういう時間の使い方と、メリハリをつけるドイツのようなスタイルは、人によって向き不向きがあるでしょう。

―生活に困らない以上に給料をもらって、仕事として学生をすることができる環境は、とてもありがたく、居心地がいいです。人によって違いますが博士課程では月に平均30〜40万円ぐらいもらえます。

以前僕は、ずっと走り続けていると、ふと研究していることの意義がわからなくなってくることがありました。ドイツに来て、午後5時以降、自分を客観的に見る時間ができてからの方が、やりがいと成果が出ていると感じています。

ドイツでよいパートナーに出会うことができ、結婚もしました。結婚できるかな、というような心配もしすぎずに留学に来てほしいと感じます。こちらの研究の進め方は、家族と過ごす時間も確保しやすいです。

―どんな人がドイツ留学に向いていますか

X(旧Twitter)やYouTubeでドイツ留学や博士課程、研究に関する情報を発信していると「博士号が取れるか不安です」という相談を受けることがあります。積極的に自分でコミュニケーションを取り、研究の進め方を管理できる人ならばドイツ留学に向いていると思います。

日本のように研究室にいつもたくさん人がいる環境ではないので、自分から各部屋に入っていって話さないとコミュニケーションは難しい。うちのボスもそうですが、「毎週この日にミーティングしよう」とは言われないので、僕から時間を取りに行かなければいけません。

―博士号を取得できたとしても、その後が不安というのが日本の課題の一つだと思うのですが、こちらでは博士号をとった人を企業は積極的に採用してくれます。

また入学したら多くの人が3年後の3月までに卒業するといった文化もないですから、いつ論文を出すか、審査を受けるのかといったスケジュールを自分で決めて研究を進める必要があります。

英語はそこまで得意でない学生でも、ドイツ留学はアメリカよりはハードルは低いかもしれません。相手も英語ネイティブではないし、お互いに聞き合うというような面があります。

 

ラボ内にて。日本のように研究室にいつもたくさん人がいる環境ではない。(写真:渡邉さん提供)
ラボ内にて。日本のように研究室にいつもたくさん人がいる環境ではない。(写真:渡邉さん提供)

―受け入れ先の見つけ方は

何から始めたらいいのか、という問い合わせも多くもらいます。ドイツに関心があるのは、一つは給料がもらえるということだと思います。「学振DCが取れなかったので海外のポストを探している」といった相談です。

探し方は人によります。やりたい研究があればその研究室や先生に「そちらで、博士課程を取得したい」と直談判すると「ちょうど今度予算が取れそうなんだ」、「今ちょっと予算がなくて」みたいなやりとりができる。給料の出るプロジェクトや奨学金など、予算の目処を立てるところからスタートかなと思います。

Xとかフェイスブックで「新しいポジションができたけれど誰か来ませんか」というような形で、教員がリクルートしているのを見つけ、連絡を取る方法もあります。誰にでも可能性はありますよ。

(2023年11月2日  オンライン・インタビュー)

プロフィール:渡邉 洸(わたなべ・こう)

(写真:渡邉さん提供)
(写真:渡邉さん提供)

ドイツ人工知能研究センター(DFKI)で、CS(Computer Science)、特に教育(EdTech)に関する研究に従事しながら、博士論文を執筆中。学位は、カイザースラウテルン・ランダウ大学にて取得予定。

幼少期は、バンコクや北京のインターナショナルスクールで教育を受ける。
東京農工大学で機械工学を学んだ後、奈良先端科学技術大学院大学で情報学を専攻する。その後、株式会社ディー・エヌ・エーを経て、2021年4月より、ドイツ人工知能研究センター(DFKI)/ カイザースラウテルン・ランダウ大学 (博士後期課程)に在籍中

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更新日: 2024年4月16日